
運動時に鼠径部周囲に痛みをきたす疾患で、症状を引き起こしている本当の原因を特定しにくいためグロインペイン症候群(鼠径部痛症候群)と呼ばれています。
鼠径ヘルニアと症状が類似しており、スポーツヘルニアと呼ばれていたこともあります。
スポーツ選手(特にサッカー選手)に発症することが多く難治性疾患であり、プロサッカー選手では、この疾患が原因で引退することもあり注意が必要な疾患です。
サッカー以外では、陸上競技、ラグビー、ホッケー、ウエイトリフティングなどで20代の男性アスリートに多く発生します。
スポーツヘルニア
サッカー選手に多く発生する鼠径部周囲の疼痛、鼠径ヘルニアと症状が類似しており、スポーツ活動により症状が悪化する特徴がありますが、検査では鼠径部にヘルニアは認めません。
つまり、実際にヘルニアが起こっているわけではなく、運動時に腹圧がかかったときに周囲組織を圧迫することで症状が誘発されていると考えられています。
鼠径ヘルニアに対する手術を行うことで症状が緩和することもあると報告されていますが、股関節周囲筋の強化を行うことで手術しなくとも症状が軽快するケースが多いことがわかりつつあります。
想定されている原因
- 体幹~股関節周辺の筋腱を含む軟部組織の硬さや柔軟性の低下による関節可動域制限
- 骨盤を支えている筋肉の筋力低下による骨盤不安定性
- 体幹と下肢の動きが効果的に連動することができない体幹と下肢の動きが効果的に連動することができない協調性の低下
これらの3つの原因がベースにあり、運動時の身体の使い方が不自然になり、痛みと機能障害の悪循環が生じて症状が慢性化していくと考えられています。
下肢-体幹の可動性、安定性、協調性に問題が生じる原因
- けが(全身のけがが原因になりえます。例えば、肩のケガで走行時に手を振れないなどがあります。)
- 運動時の身体の使い方の癖、スポーツ特性(片脚立位でキックするスポーツなど)
- 筋力不足
このような問題を抱えたまま無理にプレーを継続すると体幹から股関節周辺の機能障害が生じやすくなります。
症状
下腹部、鼠径部、坐骨部、内転筋近位部、大腿直筋近位部(恥骨部)、睾丸後方の疼痛がみられます。
症状の特徴
鼠径部の運動時痛(時に股関節や大腿内側、下腹部にまで放散する疼痛)が特徴的です。
ランニング、起き上がり、キック動作などを行う際、腹部に力を入れた時に痛みが生じます。
下肢伸展挙上、股関節の内外転動作で痛みが出やすい特徴があります。
股関節の可動域制限(外旋傾向)、筋力低下、鼠径部周囲の圧痛が見られます。
また、病態が慢性化すると鼠径部周囲が常に痛むようになります。
診断
サッカー選手など、片足立ちでキックを多くするスポーツをしていて、鼠径部周辺に痛みを訴え、圧痛などがあれば診断可能です。
ただし、明確な診断は難しいことが多いです。
問診
動作時痛の確認、プレーに必要な筋力はどのくらい発揮できているのかをチェックします。
身体所見
- 圧痛:鼠径部周囲、股関節内転筋、腹直筋などの恥骨周囲の圧痛の有無をチェックします。
- 股関節可動域制限:内旋制限(外旋拘縮傾向)をチェックします。
- 疼痛誘発肢位:下肢伸展挙上(SLR)、股関節内転、上体起こし動作で痛みが誘発されやすく、これらの動作時に負荷をかけることで疼痛が誘発されるかをチェックします。
- positive standing sign:片脚起立して、浮いている足を胸に近づけます。恥骨の疲労骨折の場合は軸足の股関節に痛みが出ますが、グロインペインの場合は挙げている足の股関節周囲に痛みが出ます。鑑別としても重要な所見です。
レントゲン
異常を認めないことも多いですが、恥骨疲労骨折、股関節症などをチェックします。
CT、MRI
恥骨結合、内転筋、腹直筋付着部の状況などをチェックします。
レントゲンのみでは診断できない病態、鼠径ヘルニアの有無などをチェックします。
鑑別すべき疾患として、恥骨結合炎、大腿内転筋付着部炎、大腿直筋炎、腹直筋付着部炎、腸腰筋炎、鼠径ヘルニア(スポーツヘルニア)などが挙げられますが、これらを完全に鑑別することは困難なことも多いです。
- 恥骨結合炎:薄筋、内転筋の恥骨付着部で骨融解、変形などが生じることが多いです。
- 恥骨疲労骨折:鼠径部痛を主訴としてバスケットボール、テニス選手に多く発生します。
その他、FAIによるインピンジメント症状、ハムストリングス損傷による殿部痛(肉離れ)、腸脛靭帯炎なども鑑別が必要となります。
セルフチェック
アダクタースクイーズテスト
仰臥位で、股関節軽度屈曲、両膝内側にタオルを挟みます。
痛みの有無、しっかりタオルを挟めているかをチェックします。
両脚開脚テスト(BKFO test)
仰臥位で足の裏同士をつけ、股関節を開排します。
痛みの有無、開排制限をチェックします。(膝と床の距離が3.6cm以上で病的)
股関節の抱え込みテスト
仰臥位で膝を抱え込む様にして股関節を深屈曲します。
痛みの有無、可動域制限をチェックします。
治療
保存的治療
本邦では保存的治療による治療がメインで行われ、良好な成績が報告されています。
安静
急性期には疼痛部位の安静が必要です。(キック動作、ランニングの禁止)
物理療法・投薬治療
物理療法では、アイシング、温熱療法があります。
また、投薬治療も有効と考えます。
リハビリテーション
動作時に股関節のみに負荷が集中するのを避けるために上肢-体幹-下肢を効果的に連動させる協調運動を意識して訓練を行うことが大切と考えています。
可動性、安定性、協調性の3つの問題を評価し、それを修正するアスレチックリハビリテーションを行います。
マッサージ、ストレッチ、筋力訓練、協調運動訓練などを基本的に行います。
プランク、スイング(クロスモーション)指導を取り入れています。
ストレッチに関しては、Zamstのホームページでも詳しく紹介されていますので参考にしてください。
外科治療
保存療法に抵抗性で長期間疼痛が継続する場合には手術治療も考慮されます。
鼠径ヘルニア手術に準じた方法、恥骨結合の固定術、薄筋腱切離術、腹筋付着部の修復術など色々な手術方法が世界で行われていますが、適応は各国で様々です。
日本人サッカープレーヤーの中には、ヨーロッパで手術している選手もいます。
予防
予防として以下の点に注意しましょう。
- 各種怪我の後、そのまま無理にプレーを継続しない。
- 股関節周辺の拘縮予防や筋力低下の予防を行いましょう。
- オフ明けは注意。しっかりと準備運動を行いましょう。
- 準備運動に体幹から下肢を効果的に連動させる協調運動を取り入れましょう。
肩甲骨リードによるCross motionの勧め

伏臥位で上半身を使用せずに股関節を伸展する動作を行い、そこに抵抗をかけると鼠径部周囲に痛みを自覚する人は多いです。
この動作時に股関節伸展と同時に反対側の肩甲骨を挙上して反対側の背筋をcrossして同時に使用させると、下肢と連動して効率的に力が入りやすくなり、鼠径部に痛みなく下肢を後方に挙上できるようになることが多いです。(運動連鎖による効率化)
このことから、サッカー選手のキック動作でも上半身の動かし方が大切だとわかります。
(右足でボールを蹴る場合に左肩甲骨の引きつけ動作が大切です。)
当院でできること
- 身体所見、レントゲン、エコー検査からの診断
- 投薬、注射、補装具を使用した保存的治療
- 専門スタッフによるリハビリテーション
- 手術術後の回復リハビリテーション
診断から治療、その後のリハビリまで患者さんの症状に合わせて対応しておりますので、ご相談下さい。
当院でできないこと
当院では、CT、MRIでの精査、手術加療はできません。
必要であれば専門外来に紹介させていただきます。
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